丹後半島の旅
 



京都、丹後半島へ初めて旅をした。
久美浜・小天橋から東に向かって進む。
予定としては、間人・立岩から丹後松島を通り経ヶ岬灯台へ
そこから布引の滝を見て伊根の船屋、そこから山に入り味土野大滝へのコース
時間が有れば小野小町の墓のある小町公園へという考えだ


間人皇后と聖徳太子の母子像

立岩

屏風岩

丹後松島

経ヶ岬案内板

経ヶ岬灯台

経ヶ岬灯台より

布引の滝

まずは「間人(たいざ)」まずこの地名の呼び方だが、聖徳太子の母である間人(はしうど)皇后の名前から来ている。言い伝えに寄れば、「ここは、聖徳太子の生母・間人(はしうど)皇后が、大和 政権の蘇我氏と物部氏との争乱を避けるために幼い聖徳太子を連れて身を寄せた地と伝えられている。この地を去る際、皇后は自らの名をこの地に贈ったが、 住民たちは「恐れ多くて呼び捨てにするなど。」と、皇后が退座(たいざ)した事にちなんで「たいざ」という呼び方にしたとされる。」だそうである。
それを記念しての像がちょうど立岩の前に建っている。
さらに車を走らせると、屏風岩・丹後松島という山陰の景観が続く。

経ヶ岬は丹後半島の最先端。灯台はその断崖の中腹にある。
駐車場から灯台までは約400mだがこの道のりが結構きつい。しかしそれなりの価値がある。
ここの灯台の光りは55km先まで届くのだそうだ。

経ヶ岬から伊根に向かってR178を進むと、途中本庄というところに布引の滝がある。
標識が無いので国道を走っていたトラクターのおじさんにどう行けばいいか尋ねてみた。
すると「ああ、あそこですが今は水が枯れていますよ」と指をさして言われた。
ガックリ!
西の山の方を見ると田んぼの向こうに確かに滝らしいものが見える。断崖が水に濡れて黒くなっている状態だ。断崖そのものの高さは高く、落差100mというのは伊達じゃないと感じたが、なんせ水が無きゃ滝じゃない。見るからに山の頂上に近いところからの滝で、その上に川があるような気がしない場所だ。いつか見てみたいが、よほどじゃないと水量は望めそうに無い。
 
 伊根の船屋
伊根の船屋というのを見に行った。
これは伊根湾にあるこの地方独特の漁師のための建物で、1Fは着船場と物置・作業場があり、2Fは裏手が道路に面した畳の部屋で生活居住空間・客室となっている。現実には母屋が道を挟んだ山側にあるのが通例だそうだが、どれも決して観光用の建物ではなく実際に漁師に使用されているもので、これが230件あまりも並んでいるのだ。
この景色には思わずびっくりした。
映画の寅さんシリーズで有名になったとかで、観光船も出ている。
台風が来ても大丈夫なのかがちょっと心配になった。

 味土野大滝・清流の滝
伊根から丹後半島の中央にある味土野大滝へ向かった。
ここは明智光秀の三女「細川ガラシャ夫人」が本能寺の変・山崎の戦の後に2年間幽閉された地でもある。
細い道をどんどん進み、最後には車の両サイドが草に擦れなければ通れ無いようなところを走りながらやっとの思いで味土野の地に到着した。
なんせ対向車が来たら延々とバックしないといけないような道が何キロもあったので、せいぜい20kmくらいの道のりに1時間近くもかかってしまった。
それにしても味土野大滝という標識はどこにも無い。
ついには行き止まりの「細川がラシャ夫人隠棲地」まで来てしまった。そこから地図を頼りにゆっくり引き返し、車の窓から水の音を聞きながら進み谷底に滝を発見した。
しかし木の間から白い水の筋がわずかに見えるものの滝の全貌は全く見えない。
これを見るためには谷にけもの道を降りていくしかないが、車を停めるところさえない。
本来なら落差20mの滝があるはずで、水量も豊富そうだったが、結局木々の間から1枚の写真だけを撮り、次に行くことにした。

この時点で大幅にスケジュールに遅れが発生したために小野小町の墓はあきらめることにして、出石の皿蕎麦を食べに向かった。
途中偶然但東町で清流の滝の看板を発見し、そこにも立ち寄る。
清流の滝は落差15m程の滝で、毎年7月に「清竜の滝まつり」が行われている


道の途中で見た風力発電所

ガラシャ夫人隠棲地案内

ガラシャ夫人隠棲地女城跡

味土野大滝

清竜の滝

    


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