長良川の鵜飼を見る

今回たまたま出張の中で長良川の鵜飼を見る機会に恵まれた。
僕にとって「鵜飼」と言うと1300年前からの伝統芸能といった印象で、細々と市の補助をもらいながらやっているというイメージを持っていたのだが、あまりにそれはかけ離れていた。
その一部始終を報告。

今回鵜飼への参加はグループで船を一艘貸し切って行った。
5時半ごろに乗船場に到着。
(ここは郵政大臣の野田聖子のお膝元。今回の選挙はどうなることか。)
近くには斉藤道三で有名な岐阜城が見える。
戦国時代を代表する山城で標高330mもある。こんなに高いところまでよく登ったもんだ。
そういえば川の側にあることもあり備中松山城とも似た雰囲気。


乗船場の脇には五木ひろしの「長良川演歌」の碑


河原を覗いてみると、多くの船が並んでいる。思っていたよりも数が多い。
まだ鵜飼が始まるには時間が早く、白い揃いの衣装の船頭さんたちが荷物を船に積み込む準備をしていた。
当日船は38艘が出るそうだ。
鵜匠の船は全6艘中の5艘が出てくるらしい。
どうもこれまでは毎年徐々に鵜飼の人気が落ちていたのだそうだが、
今年は愛知万博の影響で、なかなか船の予約が取れない状況にまでなっているとのこと


船は15人用から50人用まであるそうだが、我々が乗り込む船は20人乗りの「秋雲丸」。
この船は偶然だが、5月に秋篠宮様が乗られたと言うことでまだ新品の船だ。運が良い。
我々も弁当と酒を船に積み込んでいく。


鵜飼が始まるのは周りが暗くなった19:40分頃だが、予め船は上流に停泊するために移動。
「秋雲丸」には漕ぎ手は前後に2名。船外機などの動力は無いので船外機のある船にロープで上流へ引っ張っていってもらう。

上流の鵜飼大橋の下手に着き、河原に船が泊まった。
時間はまだまだたくさんあるので、弁当と酒をゆっくり食べ始める。
続々と他の船もやってきて同じ河原に停泊。


ここのさらに上流は宮内庁専用の鮎の漁場で一般客は行かせてもらえない。
これはトイレ舟(^^;;


徐々に暗くなってくる
両サイドの船には何故か仲居さん(or芸者さん)
こっちの船は野郎だけ


暗くなってやがて鵜飼が始まった。
鵜匠の船は3人がペアになっていて、篝火の中鵜匠の人は12羽の鵜を操っている。
見物する方は4艘の船をロープで繋ぎ、鵜匠の船とともに下っていく。
人気がある鵜匠さんだろうか「やまちゃ〜ん」という声が女性からかかり、小さく手を振って応えていた。


と、ここまででカメラの電池が無くなった。
詳しくはこちらを見てみてください ≦(._.)≧ ごめんなさい
http://www.city.gifu.gifu.jp/kankou/ukai_00.html
http://djment.hp.infoseek.co.jp/gifuinf/r256_ukai.html

一旦中流の河原まで下ったあと、再度河原に錨を下ろす。
川の両サイドに20艘ずつの船が船首を向かい合わせるように整列。
その後、鵜匠の船は一旦上流に上り。今度は5艘が一緒に斜めに列を作って下ってくる。
川の水深の深い方の船を先頭に順に浅い方に後方に並んでいる
カイで船体をたたき鮎を脅かす。
鮎は川底にいるために驚かせて浮いてこさせるのだそうだ。そこを鵜が捕まえる。
もしも浅瀬の方に逃げたら隣りの船がその鮎を狙い、それを逃げるとさらに浅瀬の方に鮎は追い込まれていく。
この漁法のことを「総がらみ」といい、鵜飼のクライマックスとなる。
パンフレットより

総がらみが終った後、鵜匠の船の中の一艘が我々の船の横に来て、鵜から鮎を取り出す作業をした。
こちらの船からはわずかに1m程度。
鵜が並ぶととてもかわいいもんだ。
テレビカメラもやってきてその光景を撮影している。僕もテレビに映ってしまったかもしれない。

鵜は飲み込んだ魚を食べることは出来ないかわり、そこで餌のホッケをもらうことになる。
鵜が吐き出した鮎は歯形が付いていて価値があり、高値で取引されるのだそうだ。
鵜が噛んだ瞬間に鮎が死ぬので美味しいのだとか・・・
なかなかこれは我々の口には入らない。

ところで、鵜匠さんは「宮内庁式部職鵜匠」というのが正式名称でれっきとした国家公務員だ。
それも完全世襲制で代々長男が受け継いでいくことになっている。
噂によれば年収は3000万円とか・・・・
今回最後に我々の横についた船に7歳の男の子が鵜匠の格好をして乗っていたが、この男の子は将来を約束されているということだ。
しっかり伝統を守って受け継いでいってもらいたいものである。
 
パンフレット
 

    


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